与那国語の動詞7:直説、命令
今回は活用表の5つ目と6つ目の直説形と命令形を解説します。
・直説 ~する
最も基本的な形で、終止形にあたると言えます。しかし、このような基本的な形ほど、どのような守備範囲を持っているのかややこしいことがままあります。幸いにも私が調べた限りでは、与那国語の直説形はそこまで標準語と差が無いように思われますが、注意は必要です。一応、細かく説明しておきます。
(1)対象に向かって行う動作を表す
atta khu hu-n.
明日これ(を)食べる。
*この場合、「食べる」のは未来ですね。
(2)主語が変化する
maa nnu-n.
もう死ぬ。
*nnun 死ぬ IR/U
(3)動作が複数回行われることを表す
cinukadi khu hu-n.
毎日これ(を)食べる。
(4)一般的なことや真理
agami=ya buru gaku=ni hiru-n.
子供はみんな学校に行く。
[出典]以上の分類は、
橋尾直和1995「与那国方言のテンス・アスペクト」『高知女子大学紀要』43巻
・命令形 ~しろ
活用タイプの区別の為に用いた命令形です。接辞は-i.のみです。
与那国語の敬語は独特な仕組みを持ち(後述)、丁寧語の存在も怪しいため(注)、標準語の感覚ではかなり高圧的に聞こえるかもしれませんが、直に命令形を使うことが普通のはずです。ちなみに「~い」だけで命令を表す方法は近畿方言にもあり、五段動詞と上一段動詞について「読みー」「起きー」のようにして柔らかい命令を表現できます。
khu-n ha-i.
これも食べろ。
taigu nni maga-i.
早くコメ(を)炊け。
(注)以前紹介した受身を表す-arir-が、「聞き手に対する丁寧語を作る」という観察結果があるようですが、本当に丁寧語かどうかはまだわからないようです。動詞を丁寧語にするわけですから「~します」に相当するわけですね。-arir-は可能表現でも使うので(後述)、例えば以下のようになるということです。
kkurun. する
kkur-arir-u-n. 作られる:受身/作れる:可能/作ります:丁寧
丁寧語が敬語として特殊なのは、文の中に全く登場しない人物(多くの場合は話し相手)に対する敬意を表現するという点だそうです。「地球は太陽の周りをまわっています」という文は、地球や太陽に敬意を表現しているわけではなく、この文を聞く人/読む人への敬意を表現しており、このことは非常に特殊なことだそうです。
与那国語の動詞6:受身、条件
前回に引き続き、動詞接辞を説明していきます。今回は活用表の3つ目と4つ目、受身と条件です。
・受身 される
受身形の接辞は-arir-しかありません。「~に」の部分には助詞=niまたは=nkiを使います。
khanu agami=ya sinsi=nki iccin humir-arir-u-n.
あの子供は 先生に いつも 褒められる。
*humirun ほめる IR/YA
過去形は-ari-ta-nとなります。
khari=ni nn-ari-ta-n.
彼に見られた。
*nnun 見る C/YA
「~(さ)れている」は、「いる」にあたる動詞bunを使って、-ari-bu-n.と表現します。
その過去形「~(さ)れていた」は-ari-bu-ta-n.となります。
ututu=ya nai sinsi=nki kundu ndir-ari-bu-n.
弟は 今 先生に 怒られている。
*kundu ndirun 怒る IR/YAまたはIR/U(意志性動詞なのでおそらくIR/YA)
iccin humir-ari-bu-ta-n.
いつも褒められていた。
以下のように、直接動作を受けるわけではないけれども被害を表すという場合にも受身を使うことができます。
agami=nki nag-arir-u-n.
子供に泣かれる。
*nagun 泣く K/YA
・条件 ~ので、~すれば
接辞は-yaのみです。なぜか母音語幹のVグループ(A/A, U/WA, AS/YA, US/YA)にはこの形がありません。理由は不明です。状況形で代用できるのでしょうか?
似たようなものに「状況形」がありますが、筆者もよくわかっていないので、実際に収録されている例文を書きだします。
(32)a. gaku ma simar-ya da=nki khais-i hir-arir-u-n.
学校 もう 終わる-ので 家=に 帰っ-て 行ける(帰れる)。
学校はもう終わるので家に帰れる。
*simarun 終わる AR/A(おそらく)
*khaisi hirun 帰る IR/U
(14) da=ni bur-ya hai./da=ni bur-ya nsa-n do.
家=に いれ-ば よい。/家=に いれ-ば よい よ。
家にいなさい。
*bun いる 不規則活用
*nsan (形容詞)よい
[出典]
(32)a『琉球列島の言語と文化-その記録と継承-』第3部第4章「ドゥナン(与那国)語の簡易文法と自然談話資料」
(14)『琉球諸語と古代日本語-日琉祖語の再建にむけて-』第3部第12章「ドゥナン(与那国)語の動詞形態論」
与那国語の動詞5:使役、否定
以前提示した活用表では、規則活用に11の活用形、不規則活用に連体形を加えた12の活用形が示してありますので、今回は最初の2つ、使役と否定を紹介します。
なお活用表ではクラスがC/YA, K/YA, ŋ/YA, K/U, AR/A, UR/U, UR/WA, IR/U, IR/YA, IR/YU, UIR/WA, A/A, U/WA, AS/YA, US/YAの順に並んでいますので、「C/YA~K/Uでは接辞itaを取る」と書いてあればC/YA, K/YA, ŋ/YA, K/Uの4クラスで、動詞語幹-接辞itaという作りになることを意味します。
・使役 させる
接辞はamirまたはmirです。IR/U~IR/YUでmirを、それ以外でamirを取ります。
忘れる IR/U bacir-u-n ⇒ baci-mir-u-n 忘れさせる
覚える UIR/WA ubuir-u-n ⇒ ubw-amir-u-n 覚えさせる
使役文の「に」は=nkiまたは=niを使って表します。
agami=nki ubw-amir-u-n.
子供=に 覚えさせる。
ututu=nki baci-mir-u-n.
弟=に 忘れさせる。
amirとmirの過去形はそれぞれami-ta-n, mi-ta-nとなります。
犬=に 覚えさせた。
uja=nki sibakhi-mi-ta-n.
親=に 心配させた。
*心配する sibakhirun IR/YA
過去の-(i)ta-nの連体形は-(i)ta-ruでしたので、
ubw-ami-ta-ru munu
覚えさせたもの
sibakhi-mi-ta-ru munu
心配させたこと
amir, mirの連体形は直接見たことがないのでわかりませんが、おそらくamir-u, mir-uです(最後の-nを省略するだけ)。
khari=nki mut-amir-u sagi
彼=に 持たせる 酒
*持つ mutun C/YA
uja sibakhi-mir-u agami
親(を) 心配させる 子供
*「を」にあたる助詞は与那国語にはなく、常に何もつけません。ただし疑問詞(nu「何」など)が目的語の時のみ=baという助詞を使うことがあるようです。
・否定 しない
クラスに関わらずanuを使います。
anu=ya bir-anu-n.
私=は 酔いません。
*酔う birun IR/YU
否定の過去形はanu-ta-nです。
khari=ya bir-anu-ta-n.
彼=は 酔わなかった。
否定の現在・連体形は最後の-nを取ってanu, 過去・連体形はanu-ta-ruです。
anu=ya bir-anu ttu=du a-ru.
私=は 酔わない 人=ぞ ある。
私は酔わない人だ。
khanu-ttu=ya nnu num-anu-ta-ru ttu=du a-ru.
あの-人=は 昨日 飲まなかった 人=ぞ ある。
あの人は昨日飲まなかった人だ。
* 飲む numun C/YA
与那国語の動詞4:活用判断のまとめ
第2回と第3回のまとめとして、以下の判断表を提示しておきます。
こうしてみると、母音グループの判断も完了形語幹末にsが含まれるかどうかを見ずとも判断できることがわかりますね。命令形がaなら完了接辞がaかyaかを見ればよく、命令形がuの場合も同様です。
与那国語の動詞3:活用パターンとその見分け方(2)
・活用パターンの判断:完了形から
完了形に使われる接辞(完了接辞)はa, ya, u, yuの4種類あり、a系かu系かは動詞の意味によって概ね決まります。命令形だけでは活用パターンを決めきれない場合、完了形も知っておかなければ活用パターンを特定できません。
命令形語幹がk, g, ŋ, r以外の子音で終わっている場合はC/YAクラスでした。Cはconsonant(子音)のCでしょうが、YAはこのクラスの動詞は完了形にyaを取るという意味です。
tatun(立つ)⇒tat-i(立て)⇒tat-ya-n(立った)
1.K小グループの細分類
命令形語幹がk, g, ŋで終わる場合、この小グループです。
そのうち、命令形語幹がk, gで終わるものはK/YAクラスかK/Uクラスになります。どちらの小グループになるかは、完了形を見なければなりません。例えば「裂く」と「咲く」はどちらもsag-iという命令形を持ちますが、完了形はそれぞれsat-ya-nとsag-u-nという具合になります。よって、「裂く」sagun(K/YA)、「咲く」sagun(K/U)ということがわかります。
一方、命令形語幹がŋで終わるものは、ŋ/YAクラスに決まります。「配る」haŋunは命令形haŋ-iなのでŋ/YAクラスで確定します。命令形を見る必要はありません。
2.VR小グループの細分類
命令形語幹がarかurで終わる場合、この小グループです。
そのうち、命令形語幹がarの場合、AR/Aクラスに決まります。「濡れる」ngarunは命令形ngar-iを持つので、AR/Aクラスで確定です。
一方、命令形語幹がurの場合、UR/UクラスとUR/WAクラスに分かれます。「成長する」hudurunは命令形hudur-iを、「作る」kkunは命令形kkur-iを持ちますが、完了形はそれぞれhud-u-n, kkw-a-nとなります。語幹の形にも注意が必要です。
3.IR小グループの細分類
命令形語幹がirで終わる場合、この小グループです。この小グループは少々厄介です。
完了形はu, ya, yu, aの4種類、いずれも取る可能性があります。クラスはIR/Uクラス、IR/YAクラス、IR/YUクラス、UIR/WAクラスの4つあります。
動詞終止形(直説形)―命令形―完了形―クラス
「忘れる」bacirun, bacir-i, bac-u-n IR/Uクラス
「する」khirun, khir-i, kh-ya-n IR/YAクラス
「行く」hirun, hir-i, h-yu-n IR/YUクラス
「覚える」ubuirun, ubuir-i, ubw-a-n UIR/WAクラス
以上の場合、完了接辞を見ればどのクラスか特定できますが、UIR/WAクラスは名称が変則的になっています。このように変則的なのは、もともとubui-a-nという形が想定されており、そこから音韻変化(uiaの真ん中のiは母音に囲まれているので省略される⇒ua⇒短く発音されてwaとなる)した結果だと考えられています。ubuirunの語幹はubuir-とubui-の2種類で、ubw-のような形は派生的に生じるものだという発想です。
4.Vグループの細分類
命令形語幹が母音で終わる場合、このグループです。まず小グループに分解しなければなりません。
4-1.V小グループ
完了形語幹の末尾がsでないものはこの小グループです。そして完了接辞はどちらもaを使いますが、完了形語幹の末尾がwで終わっていなければA/Aクラス、末尾がwで終わっていればU/WAクラスです。
直説形―命令形―完了形―クラス
「食べる」hun, ha-i, h-a-n, A/Aクラス
「休む」dugun, dugu-i, dugw-a-n, U/WAクラス
このdugunも変則的なクラス名ですが、dugu-a-nからua⇒waのように変化してdugw-a-nという形ができると思われます。dugunの語幹はdug-とdugu-の2種類と想定されます。
4-2.VS小グループ
完了形語幹の末尾にsが含まれていればこの小グループです。ただし完了接辞はどちらもyaを取りますので、再び命令形を参照しなければなりません。命令形語幹がaで終わっていればAS/YAクラス、uで終わっていればUS/YAクラスになります。
直説形―命令形―完了形―クラス
「炊く」magan, maga-i, magas-ya-n, AS/YAクラス
「干す」hun, hu-i, hus-ya-n, US/YAクラス
クラス名にSが入っているのは、このクラスの動詞の語幹が中止形と完了形において変則的にsを持っていることを示しています。
以上で、規則動詞の活用16パターンを分類することができます。
与那国語の動詞2:活用パターンとその見分け方(1)
では、活用パターンの分類を紹介し、ある動詞がどの活用パターンに属するのか見分ける方法を説明します。
与那国語の動詞活用表は、前回の記事に紹介した論文に載っていますが、以下のpdfの最後のページにもくっついていますので、参考にしてください。
(与那国語の動詞・形容詞の活用パラダイムと調査・習得の方法:山田真寛)
*ちなみにこの動詞活用表が提案されたのは2016年、上記のpdfは2018年の発表ですから、与那国語の動詞活用を巡る研究はごく最近のものなのです!特に日本語族の歴史の中で与那国語の動詞を位置付ける研究を進める必要があるのでは?と思っています。
・活用パターンの分類と見分け方(命令形から)
さて、活用パターンの分類方法がわかれば、それが自動的に見分け方になるわけですので、分類方法を見ていきます。与那国語の動詞は、グループ>小グループ>クラスという3段階に分かれます。活用パターンを特定するには、クラスを特定すればOKです。
与那国語の動詞の分類は、まず命令形を見るところから始めます。命令形接辞は-iの一種類しかありませんので、命令形はtat-iとかdugu-iといったように、必ず語根-iの形でできています。まずは以下の分類を見てみましょう。
1.-iの前がk, g, ŋ, r以外の子音で終わっているものは、C/YAクラス。
2.-iの前がk, g, ŋで終わっているものは、K小グループ。
3.-iの前がar, urで終わっているものは、VR小グループ。
4.-iの前がirで終わっているものは、IR小グループ。
5.-iの前が母音で終わっているものは、Vグループ。
命令形のみを見て判断できるのはここまでです。1のパターンはこれでクラスが特定できますが、2~4番は小グループ、5番はグループしか特定できていませんので、もっと調べる必要があります。
次の回で、全てのクラスを特定します。
与那国語の動詞1:概観
与那国語の動詞の活用は、数ある日本語族の言語の中でも恐らく最も複雑だと言われています。なので、ここを身につけることが最大の正念場であると言えます。与那国語を学習するにあたって、常に付きまとってくるのが動詞活用です。
以下、山田真寛「ドゥナン(与那国)語の動詞形態論」(田窪行則他編『琉球諸語と古代日本語』くろしお出版)に基づいて説明します。
まず標準語には、五段活用・上一段活用・下一段活用の三つの規則活用と、「する」「来る」という二つの不規則活用があります。対して与那国語では16種類の規則活用と、「ある」「いる」「知る」「やる」「来る」「入る」という六つの不規則活用があります。(「する」は与那国語では規則活用です)
当該論文では、「接辞の種類を極力減らす」方針で活用表を組み立てています。接辞というのは「読ませる」「言われる」「行った」等の場合、「せる」「れる」「た」にあたる部分のことです。その変わり、語幹の種類が増えることになります。例を見てみるのが早いでしょう。
最も語幹の数が多いタイプの動詞としてubuirun(覚える)があります。この動詞は以下のように4種類の語幹を持ちます。
ubw-amirun 覚えさせる
ubuir-un 覚える
ubui-tan 覚えた
ubu-i 覚えて
つまり、ubw-, ubuir-, ubui-, ubu-という4つの語幹を持ち、どの接辞に対してどの語幹を使うかが決まっているのです。
そして接辞の方も、一つとは限りません。使役(させる)はmirとamir、非過去形はuもしくは無標、過去形はtaとita、連体形はruもしくは無標、状況形(すれば)はbaとiba、禁止はnnaとunnaがあります。最も厄介なのは完了形で、a,ya,u,yuの4通りが現れます。完了形では、主語が動作主ならばa,yaが、そうでなければu,yuが現れることがほとんどであるとされますが、yが挟まるかどうかは恣意的です。
ここで重要なのは、語幹と接辞の区別は、あくまでも説明の労力(組合せ)が最小になるように人為的に設定しているだけだということです。結局のところ学習者は、どの動詞が16種類のうちどの活用パターンに属し、その活用パターンではどの活用形にはどの語幹とどの助詞を使うのか、全部覚えていなければいけないというのが、現在の説明の限界です。そういうわけで、与那国語の動詞活用は他の日本語族言語/方言に比べて複雑だ、と言われるのです。